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東京高等裁判所 昭和50年(行コ)9号 判決 1975年10月31日

控訴人 渡辺重雄

被控訴人 新津労働基準監督署長

訴訟代理人 押切瞳 市川登美雄 ほか二名

主文

原判決中控訴人の予備的請求に関する部分を取消し、右部分につき本件を新潟地方裁判所に差戻す。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

前項に関する控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。本件を新潟地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴代理人の新たな主張)

原判決は、控訴人の予備的請求(本件処分の取消の請求)について、本件処分は昭和四五年七月一七日付でなされその頃控訴人に通知されたものであるところ、控訴人はその処分の日から一年以上経過した昭和四七年一月二五日に同日付訴の変更の申立書によりはじめて本件処分の取消の訴を提起したのであるから、行政事件訴訟法第一四条に違反し不適法であると判示している。しかし控訴人は昭和四五年一〇月六日受付の本件訴状によつて本件処分取消の請求をしているのであつて、右訴の変更の申立書は新訴の提起ではなく訴状の請求の趣旨を補正したものに過ぎない。すなわち訴状請求の趣旨に「新津労働基準監督署昭和四四年労第三二号裁決はこれを取消し」とあるのは、新津労働基準監督署長のした本件処分と控訴人の再審査申立に対する労働保険審査会の昭和四四年労第三二号事件の裁決とを混同した嫌いがあるが、訴状の標題(訴名)、請求の原因の記載をみれば、控訴人が被控訴人のした本件処分に対し給付額が余りに少額で承服しがたいためその給付額決定の取消を求めて出訴したものであることが明白である。したがつて、控訴人の出訴期間の遵守に欠けるところはない。

理由

一  控訴人がいわゆる一人親方の大工で労働者災害補償保険法第二七条第三号に掲ける者に該当し、昭和四〇年一一月二〇日建築工事に従事中足場から転落して右臀部を強打したこと、控訴人が右受傷による後遺症について同法に基く障害補償給付を請求したが、被控訴人が控訴人には同法施行規則別表第一に定める障害が存しないとして支払しない旨の処分をしたところ、控訴人がこれを不服として労働者災害補償保険審査官に審査請求をし、昭和四四年一月七日付決定によつて審査請求を棄却され、さらに労働保険審査会に再審査請求をし、同審査会が昭和四五年六月三〇日付で被控訴人の前記処分を取消したこと、被控訴人が昭和四五年七月一七日控訴人の前記給付請求に対し改めて前記施行規則別表第一に定める障害等級第一四の九に該当するとして、災害補償基礎日額の五〇日分に当る金五万円の障害補償給付をする旨の決定(本件処分)をし、その頃控訴人に通知したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  控訴人は、本件処分には障害等級の認定を誤つた違法があり、控訴人の後遺傷害の程度は前記施行規則別表第一に定める第一一級の五及び第一二級の一二に該当し、その障害補償給付は同施行規則第一四条第一項第三項第一号、前記法別表第二により災害補償基礎日額の二七〇日分金二七万円であると主張し、第一次的請求として、被控訴人がした金五万円の障害補償給付をするとの本件処分を金二七万円の同給付をすると変更する旨の裁判を求めている。

しかし、本件処分の内容となつている給付額をこれとは別の給付額に変更することを求めるのは、結局本件処分を取消して新たな処分をすることを求めるのと異らず、裁判所に行政庁に代つて行政処分をすることを求めるに帰するから、不適法な訴というべきである。

したがつて、控訴人の第一次的請求は不適法として却下を免れない。

三  次に控訴人は、予備的請求として本件処分を取消す旨の裁判を求め、被控訴人は、右請求は昭和四八年法律第八五号により繰上前の労働者災害補償保険法第三八条に定める労働保険審査会の裁決を経ていないので不適法であると主張し、控訴人は裁決を経ないことに正当の理由があると主張する。

右裁決を経ていないことは控訴人の自認するところであり、前記当事者間に争いのない事実及び<証拠省略>によれば、被控訴人は、控訴人からの障害補償給付請求に対し、昭和四三年七月二六日付で前記施行規則別表第一に定める障害等級に該当しないとして同給付を支給しないとの処分をしたのであるが、これに対する控訴人の労働者災害補償保険審査官に対する審査請求は昭和四四年一月七日付決定で棄却されたが、さらに控訴人からの労働保険審査会に対する再審査請求の結果、同審査会が昭和四五年六月三〇日付で、控訴人に持続残存する右腰・臀部痛は障害等級第一四級の九に当るとするのが相当であるとして、被控訴人のした右昭和四三年七月二六日付処分を取消す旨の裁決をしたので、被控訴人において改めて右裁決のとおり障害等級第一四級の九に該当するとして本件処分をしたことが認められる。

してみると、もともと本件処分は被控訴人が労働保険審査会の裁決に示された判断に従いそのとおりにしたものであるから、さらに控訴人が本件処分に対し審査請求、再審査請求をしても、他に特段の新たな審査資料がない限り労働保険審査会がこれと異る判断を示すことは期待できないのであつて、控訴人にこのような手続を要求することはいたずらに救済手続を遅延させるだけで無意義であるから、控訴人が裁決を経ないで本件処分取消の訴を提起するにつき正当な理由があるというべきである。

四  また原判決は、控訴人の右予備的請求につき、右請求は本件処分の日から一年以上徒過した昭和四七年一月二五日受付の同日付訴の変更の申立書によりなされたもので、法定の出訴期間経過後の不適法なものであるとしている。

記録によつて原審における経過をみると、

1  控訴人は、当初弁護士を訴訟代理人に選任せず、司法書士渡辺尚敏に訴状の作成を依頼して昭和四五年一〇月六日裁判所にこれを提出したのであるが、右訴状には「被告国、代表者労働大臣野原正勝、送達場所新潟県新津市本町四丁目一三番地三三新津労働基準監督署署長坂井金作」との被告欄の記載、「被告は原告に対し新津労働基準監督署昭和四四年労第三二号裁決はこれを取消し、新たなる労働災害補償保険の給付決定を為す。」との請求の趣旨欄の記載があり、また請求の原因の欄には、「原告は新津労働基準監督署に対し労働者災害補償保険金給付の申請をしたが、数回に亘り無給付の決定がなされ、最後に再審査請求をしたのに対し、昭和四五年六月三〇日に裁決がなされ、一四級の九と判断され、金五万円の給付がされることに決定された。右裁決は同年七月八日原告に送達された。しかし右は誤謬、過失があつたことに基く裁決である。原裁決を取消し新たな適正妥当の裁決を求める。」との趣旨の記載がある。

2  控訴人は、昭和四七年一月二五日、請求の趣旨を「被告は新津労働基準監督署長がなした昭和四五年七月一七日原告に金五方円を給付する旨の決定はこれを取消す。」と変更する旨の訴の変更の申立書を提出した。

3  控訴人は、昭和四八年二月一八日弁護士(本件控訴代理人)を控訴代理人に選任し、同代理人において同年四月二日「原告が取消、変更を求める処分は新津労働基準監督署長が昭和四五年七月一七日した処分であり、右署長を被告とすべきところ誤つて国を被告としたので、被告を右署長に変更することの許可を求める」旨の申立書を提出し、原裁判所は、昭和四八年四月六日右申立のとおり被告を変更することを許可した。

4  右訴訟代理人は、昭和四八年五月一四日受付の請求の趣旨訂正申立書により、請求の趣旨を「被告が昭和四五年七月一五日(一七日の誤記と認められる)なした原告に災害補償給付として金五万円を支給する旨の決定を金二七万円を支給すると変更する」と訂正し、さらに昭和四八年七月三一日受付の準備書面により、予備的に被告の昭和四五年七月一七日付でなした保険給付に関する変更決定の取消の請求を追加した。

ところで右3の被告の変更許可の決定により、新たに被告とされた被控訴人に対する訴は、出訴期間の遵守については最初の訴提起の時に提起されたものとみなされる(行政事件訴訟法第一五条第三項)のであるが、本件においては訴状の記載がいかなる処分の取消を求める趣旨か明確を欠いていたため、本件処分の取消の訴が最初から提起されていたのかあるいはその後の訴の変更によつて新訴として提起されたのかが問題となる。(右1の訴状の請求の趣旨にある「新津労働基準監督署昭和四四年労第三二号裁決はこれを取消し、」との記載のうち「昭和四四年労第三二号裁決」とは、<証拠省略>によつて本件処分の前提となつた労働保険審査会の裁決であることが認められ、また同請求の原因の記載中「金五万円の給付がされることに決定された」とある決定は、被控訴人がした本件処分であると考えられる。)しかし、控訴人としては障害等級が第一四級の九と認定されたため障害補償給付が金五万円に過ぎなかつたことに不服で本件訴に及んだものであること、控訴人がその不服の対象とするであろうと考えられる行政処分としては、労働保険審査会の理由中に障害等級は第一四級の九が相当であるとの判断を示した裁決と被控訴人のした本件処分の二つがあること、右裁決と本件処分とは、本件処分が右裁決に示された判断に従つてなされたものという関係にあつて、実質的には同一の処分に等しいこと、もともと右裁決は被控訴人がした障害補償給付をしないとの処分を控訴人の再審査請求を容れて取消したものであつて、控訴人が右裁決の取消を求める利益はないこと、前記2の訴の変更の申立書の提出及び同3の被告の変更の許可申立書の提出によつて、被控訴人がした本件処分の取消を求める趣旨であることが明確にされたこと、控訴人もその訴状の作成を依頼した司法書士も、行政事件訴訟手続についての知識に乏しいことがうかがえること、以上の諸点を勘案すると、訴状では本件処分の取消を求める趣旨が明確といえなかつたが、前記2の訴の変更の申立書と題する書面によつてこれを補正し、その趣旨が明確にされたにすぎないと解することができないわけではなく、また訴状によつて求めていたのが前記労働保険審査会の裁決の取消であつたとしても、実質的にはこれと同一の処分に等しい本件処分の取消を求める請求の出訴期間の遵守については、その請求が訴の変更によつてなされたものであるとしても、同一の請求とみて最初の訴状提出の時によつて算定するのが相当である。

そして本件訴状が本件処分の時から三か月以内に提出されたことは明らかであるから、結局本件予備的請求について出訴期間の遵守に欠けるところはなかつたものというべきであり、この点についての原判決の判断は不当というほかない。

五  そうすると、原判決中控訴人の予備的請求を却下した部分は失当であるからこれを取消した上、民事訴訟法第三八八条によつて右部分につき本件を新潟地方裁判所に差戻し、第一次的請求を却下した部分は相当であるからこの部分についての本件控訴を棄却し、右部分についての控訴費用は同法第九五条第八九条によつて控訴人の負担とすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林信次 滝田薫 桜井敏雄)

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